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【SS】例えば彼女と僕の場合。

10-26,2010

 彼女はズルイのである。
 彼女ときたら自分の都合の良い時だけ、僕に連絡をしてくる。僕がどれだけ忙しいと主張しようがお構いなしで、待ち合わせ場所と時間だけを告げるとさっさと電話を切ってしまう。
 結局僕は、自分のすべての都合を後回しにして彼女の下に駆けつける羽目になるのである。
 彼女は僕の毎回の苦労を果たして理解しているのだろうか。待ち合わせのカフェで「遅い!」と怒鳴る、悪びれた素振りのひとつもない彼女を見るに怪しいものである。
 いつも決まって聞かされるのは、付き合っている恋人の愚痴だった。
 僕が一度、「僕ではなく他の女友達にでも愚痴を零したらどうだ」と言ったら、「貴方のほうが話し易くて良い」と答えた。「他に理由は?」とさらに追求すると、「他の理由が必要?」と平然とした態度で質問に質問で返してくる彼女はいささかばかりの後ろめたさも感じさせないのである。
 すっかり毒気を抜かれた僕はいつものように彼女の愚痴を大人しく聞くのだった。
 そんな彼女との縁は、高校時代にまで遡る。
 高校時代から彼女との関係は今と大差ないもので、彼女が愚痴を零したい時にだけ僕は必要とされた。彼女が恋人と上手くいっている時はまったく言って良いほど関わりがなく、僕はそれなりに平穏な日々を過ごす。ところが彼女が恋人と別れた暁には、彼女の気が済むまで連日愚痴に付き合わされることになる。
 僕に恋人がいたってお構いなしだ。僕が「恋人が嫌がるから今日は君の話を聞くことはできない」ともっともな主張をしても、「大丈夫よ。私は貴方に対して恋愛感情などないから、心配しないでと貴方の恋人に伝えておいて」と彼女は事もなげに言うのである。
 高校時代から彼女は、身勝手極まりない傍若無人な女の子だった。だから彼女から「放課後、空けておきなさい」と聞くと、「……嵐がやってきた」と人間には抗うことの叶わぬ自然災害のように彼女を捉えて自らを慰めたものである。
 あれから数年、どうやら僕は彼女から解放されそうだ。
 昨晩、彼女から電話があった。「結婚する」とのことだった。


 同僚に頭を下げながら仕事を昼過ぎにに切り上げ、約束のカフェに到着するとすでに彼女がテーブルについていて、いつものように「遅い!」と文句を言われた。
「結婚おめでとう」
 互いにコーヒーを注文をした後の、僕の第一声がこれだった。
「おめでとう、ね……」
 彼女の第一声は含みある返事だった。
「結婚するんでしょ? おめでとう以外の言葉なんてないと思うけど?」
「……まあね。結婚する彼は貴方と比べて、学歴も収入も見た目もどれを取っても一流だからね。人格的にも彼は優れているし、客観的に見て私は素晴らしい結婚相手に恵まれ、幸せな未来を約束された運の良い女ね」
「まるで他人事みたいな言い方だ」
 並べ立てる言葉とは裏腹の不服そうな表情の彼女に、僕は怪訝な気分になった。
「これまでの君の話を聞いている限りじゃ、君の選んだ相手は結婚相手に申し分ないし、彼との結婚は喜ぶべき事柄だと僕は思うけどね」
「そんなことは今さら貴方に指摘されるまでもなく、私自身が一番判っていることよ。だからこうして彼のプロポーズを受け入れ、結婚することを決めたの」
 判っていると言いながら、彼女はコーヒーに一度も口をつけることなく、頬杖をつき不機嫌そうにそっぽを向いていた。
 彼女はそれっきり黙り込んでしまったので、僕は黙ってコーヒーを飲んだ。頭上には雲ひとつない青空が広がり、ヴェールのような柔らかな陽射しがカフェ全体に降り注いでいた。
 やがて彼女がぽつりと漏らした。
「……私には昔から好きな男がいるの」
「――へえ、それは初耳だね」
 本当に初耳だったので僕はそう答えた。
「その男は腹が立つくらい鈍感な男で、これまでどれほど私が自分の存在をアピールしても私の気持ちには気づいてはくれなかった。これまで幾度となく私と付き合う機会があったのに……」
 彼女は昔を思い出すように、瞳を細め遠くの空を見ていた。
「……彼が一言、『付き合おう』と言ってさえくれれば私は――」
 彼女は最後まで言葉を続けることなく、コーヒーカップで唇を塞いだ。
「……なるほどね。君にも案外に女の子らしい部分があるんだね」
 鼻を鳴らす僕へと彼女は「悪い?」と恨めしそうな瞳で睨んでくる。僕は「いや」と首を振ると続ける。
「僕はその彼のことを知らないけれど――きっと君のことを好きだと思うよ」
 瞬間、彼女は瞳を丸くする。
「付き合わなかったのはどうしてだろうね? ただタイミングが合わなかっただけなのか、それともその必要がなかったのか……」
「それ……本当?」
 少女のように頼りなげに尋ねてきた。僕は小さく肩を竦めると、
「さぁ? 本当かと聞かれても困るけど、なんとなくそう思うだけさ」
 笑顔で返した。
 彼女はしばらく何事かを言いたそうに僕に視線をさまよわせていたが、「そう」と短く言うとコーヒーを一気に飲み干した。
 僕は再び彼女に言った。
「結婚おめでとう」
 と。
「ありがとう」
 彼女は今度はいつも通りの女王様然とした笑顔で答えた。
「遂に僕のお役目ごめんだね。もう君の愚痴を聞けないかと思うと寂しくもあるけど、結婚というめでたい門出だし素直に喜ぶことにするよ」
 僕は笑顔のまま、感傷的な言葉を言った。事実、感傷的な気分はあった。
 すると彼女は不思議そうな顔つきで、「なんの話?」と尋ねてくる。
「えっと、君は結婚するわけだから、今までみたいに僕とこうして会うのはよろしくないだろうと思うんだ。旦那さんになる人に悪いしね。これからは旦那さんという愚痴を聞いてくれる人が身近にいるわけだしね」
「そんなの関係ないわ。貴方にはこれまで通り私の愚痴を聞いてもらうわよ」
 彼女は僕のもっともな説明を、きっぱりと否定する。
「いや、だけど、常識的に考えて――」
「他の人の常識なんて私は知らない。私は私のしたようにするわ。大体、旦那の愚痴は旦那には言えないじゃないのよ。彼には貴方に対して恋愛感情はないから安心しないさいと、言っておくから大丈夫よ」
 彼女はそんな身勝手で傍若無人な科白を、悪びれることなく言い放った。
 彼女は高校時代のあの頃から少しも変わっていないのだ。本当にズルイのだ。
 そんな彼女を見てしまったら、もう僕からは苦笑いしか出なくって、「仰せのままに」と白旗を振るように告げた。彼女は「よろしい」と満足そうに頷いていた。
 カフェに暖かな風が吹き抜ける。平和なひと時だった。この時間が永遠に続けば良いのにと感じているのが、僕だけじゃなければ少し嬉しい。
 ――本当は気づいている。
 高校時代のあの頃より、彼女の気持ちには。
 彼女のことを好きかと問われれば、僕は好きだと即答する。好きでもない人のために愚痴を聞くなんてケチな役回りをするほど、僕はお人好しではない。
 彼女が言うように一言、「付き合おう」と言ったならば彼女と僕のこの奇妙な関係にピリオドが打たれ、別の関係を築くことは簡単なことだった。
 彼女と過ごす毎日は苦労の連続かもしれない。しかし、決して退屈することはないと断言できる。そう思うと、彼女との今とは違う関係も悪くはないと思うのだ。
 しかし、すべては詮無きことだろう。
 結局のところ僕は、彼女に「付き合おう」とは告げていないのだから――
 物思いに耽りながら彼女をぼんやり眺めていると、
「ケーキを注文するけど、貴方も何か食べる? あ、もちろん今日の会計は貴方持ちよ」
 相変わらずの勝手なことを言ってきた。
「今日だけじゃないでしょ? 僕は君がお金を払ってくれる姿を見たことがないけど?」
 彼女は「そうだったかしら?」と顔色ひとつ変えることなく言うと、ウェイターを呼んだ。
 僕が呆れているという意味を込めて溜息を漏らすと、
「溜息なんてついてどうしたの? むやみに溜息をつくと幸せが逃げるって言うわよ。気をつけなさい」
 彼女は惚けた態度で返してきた。呆れを通り越して笑うしかなかった。
 この関係はどこまで続いてゆくのだろうか。
 少なくとも、僕が結婚して互いが別々の人生を歩んでゆくとしても、時々思い出したかのような彼女の気紛れに付き合わされ、こんな奇妙で穏やかな時間を過ごすことにはなるだろう。
 それも悪くない。そんな風に思うのだ。


「貴方に話したいことがあるの。いつものカフェで待ってるわ」
 こうして今日も僕は強引な誘いを断ることができずに、すべての事柄を後回しにして彼女のためにカフェへと走っている。
 他の人のことは知らない。例えば彼女と僕の場合はこうだと言うだけだ。
 一般的な常識からは外れた奇妙な関係かもしれないが、彼女と僕の場合はこれで良いような気がした。
 彼女も僕も、この奇妙で愛しい関係を悪くはないと思っているのだから。

 ――彼女と僕のいつか終わるその日まで。


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COMMENT

はじめましてこんにちわ(´∀`*)
素敵なお話ですね。月光の方を拝読しブログまで足を運んでみた次第ですが……ごちそうさまでしたw
あ、月光のほうもとても楽しませていただきました! 次回作も楽しみにしておりますm(_ _)m
2010/10/27(水) 09:43:42 |URL|ノエル #wEiWqLRw [EDIT]
ノエルさんコメントありがとうございます。
次回作でお会いできるのを楽しみにしております。来年の間宮にご期待下さい!
ですから、今年は期待し(ry
2010/10/29(金) 00:09:58 |URL|間宮夏生 #bGf9qjkw [EDIT]
はじめまして。月光を読んで、本と作者様に興味が出てHPまできちゃいましたw 幸せの形は人それぞれ。ほんと面白いですよね^^こういう話好きです。

2/10 電撃文庫MAGAZINEの月光のSSも楽しみです。
ご活躍期待してます。
2011/02/06(日) 17:04:38 |URL|ひろやん3 #mQop/nM. [EDIT]
大したおもてなしはできませんが、来ちゃって下さい。電撃文庫MAGAZINEの月光SSは、本編を読んだ方なら必ず楽しめる内容になってますのでよろしく願いします。
それと密やかに新作も出ますよとコメント欄で地味にCMしときます。
2011/02/06(日) 17:08:39 |URL|間宮夏生 #bGf9qjkw [EDIT]

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